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大阪が喪に服した日
たかじんさんの訃報明けの今日は、関西ローカルのテレビに出てくる人たちの格好が皆、黒っぽかった。
関西に愛された人だったから。
私も、「そこまでいって委員会」は毎週録画してる。これは面白い。
東京が嫌いで、東京の番組には一切出ていなかったので、昔は知らなかったけれど、こういう人が生粋の浪速っ子なんだろうな、というイメージを私にくれた人。
たかじんさん、歌手とは思えないほど、オモロイ人だった。というか歌ってる姿を観た事がないし。本業は歌手だったんかい!
貴重なエンターテイナーを失った大阪の悲しみは深い。
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【2014/01/09 00:42】 | 関西 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
福井南西
滋賀の友人が福井に連れていってくれた。JR湖西線の近江今津駅まで電車で1時間、小浜(オバマ)まで車で40分。福井は京都からだと電車のアクセスが悪くて、とても遠い印象だったけど、車だと近くてびっくり。
福井県て長細い部分があって、変な形なんです。たとえば、町田市は絶対神奈川県でしょう!っていうのと同じで、福井南西部はどう見ても滋賀県だと思うのだけど、実際行ってみても、やっぱり何故福井?という位置だった。
福井の地図と大飯原発を見たい場合はこちらで詳しく説明してくれています。

近江今津 ー 小浜 ー 美浜 ー 敦賀 というドライブコース。
まさにこの地域が、長年関西の繁栄を支えてくれていた。

美浜・3号基。


美浜・1,2号基


美浜原発PR館より3号基を臨む


原発PR館。原子炉きれい!立派な施設でした。


若狭湾・ひっそりとした漁師町


琵琶湖の西部湖畔より。夕刻の琵琶湖は静かで幻想的。

福井県の南西部は、特に寂しい印象でした。交通の便は悪いし、観光地として人も呼べない。過疎化が進んで衰退の一途・・。
地域活性化のために、地元は原発再開を望んでいる人も多いらしい。美浜は3基とも、40年前後経過しているので、再稼働は難しいのでしょうけど、このまま廃炉なんでしょうか。とても複雑な気持ちです。正直いって、私は動かせるのであれば動かしたらいいと思うのだけど、そう簡単じゃないから皆困ってるんだよね。日本って色んな分野で窮地に陥ってるなぁ・・。

ちなみに新鮮な海と山の幸が豊富でお米も美味しくて、福井は京都よりもよっぱど食が豊かだと思う。
友人の行きつけの飲み屋では、鹿肉を初めていただきました。お客さんが毎年解禁の時期に猟に出かけていかれるそうで、冬は猪鍋がいただけるらしい。滋賀も親切な人が多くて住みやすそう!
でも、帰りの湖西線は本数が少ない(1時間に1本)にもかかわらず、人がほとんど乗っていなくて、JR西日本の赤字路線のひとつなんだ~と寂しい気もした。
【2012/10/13 14:15】 | 関西 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
関西人喜ぶ
神戸大「山中博士はうちの医学部卒。本学初のノーベル賞受賞者」
大阪市立大「山中博士はうちの大学院医学研究科修了で本学が博士号を授与している。本学初のノーベル賞受賞者」
奈良先端科学技術大学・大学院「山中博士は本学の教員として在籍中に業績をあげた。本学初のノーベル賞受賞者」
京都大「・・・」

大阪生まれで、京・阪・神+奈良を廻り廻っておられる山中教授は、本当に関西を愛していらっしゃる。昨日は奈良の出身小学校までテレビで取り上げられてた。でも一番美味しい目にあったのは京大だよね。懐の深さが幸いした。
まさに関西の誇り、いや日本の誇りになられました。

今年3月の第一回京都市民フルマラソンに参加してはったとは、知らんかった。
ああ、えっらい近くにおったのに~。来年も出らはるのかな?
また西京極運動場へ来はるのなら、道端でそっと手を振らせて下さい。
ふっふ・・ウチは穴場を知っとるで。五条通りの歩道橋や。(なんちゃって関西弁^^)
そんな訳で“なんちゃって関西人”も嬉しいです。
【2012/10/11 15:57】 | 関西 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
感動!飛鳥大仏様に会えました
岡寺からテクテク歩くこと20分、ワクワクしながら飛鳥寺(あすかでら)の『飛鳥大仏』に会いにいきました。
手を伸ばすと届くような至近距離に座っておられました。(撮影OK)

大化の改新後(645年)、この地もすっかり廃れてしまい、野ざらしにされていた歴史があるそうです。
創作当初から残っているのは一部(頭部の上半分・左耳・指の一部)のため、国宝ではなく重文です。
面長でアーモンド型の目を持つ穏やかなお顔立ち。


畑の真ん中にある飛鳥寺。所在地:奈良県 高市郡 明日香村 飛鳥。
観光客は貸し自転車で回ってました。この辺は御陵、旧跡が点在しているのです。
宗派: 真言宗豊山派
本尊: 釈迦如来像(通称:飛鳥大仏)(重要文化財)
創建: 596年
開基: 蘇我馬子

西暦605年に日本最古の金銅丈六釈迦如来像として発願され、609年に開眼されました。このため、2008年は「飛鳥大仏開眼1400年」でした。

平城京遷都の100年前ですか!

飛鳥寺の裏方に、蘇我入鹿の「首塚」がひっそりあります。
元々、飛鳥寺は蘇我氏の氏寺で、大化の改新の以前には、この辺りに大邸宅を構えていたそうです。

ここが大化の改新の舞台になった所なんだ・・って、歴史の時間に習ったけど、詳しいことは何かよくわかっていませんが。ここから、平城京、平安京、と日本という国ができあがったんですね。
ここで農業できる方々が何だかとても贅沢に思えます。

畑のド真ん中で古代ロマンに思いを馳せるひと時でした。
飛鳥寺、仏像好きの私には、堪らんお寺さん、一生忘れることはないお寺さんになりました。

あすかでら 仏のまなざし 明日かほる (by Ponda)
(川柳ではありません。)
【2010/04/18 00:00】 | 関西 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
国宝 姫路城
訪問日3月12日

西国巡礼が目的でしたが、国宝であり世界文化遺産でもある姫路城に行かない手はありません。
(一乗寺、円教寺の途中で通過する地点ですので。)


大天守閣の最上階より姫路の城下町を臨む。
写真左側の大通りの突き当りがJR姫路駅です。

大天守は4月12日より修復工事のために当分立ち入り禁止だそうで、混んでた訳です。
工事は平成27年春までだそうで、5年もかかるなんて大工事ですね・・。
【2010/04/12 00:00】 | 関西 | page top↑
熊野詣の年末年始
私にとって、2度目の関西地区での年越しでした。
熊野三山のうち、残る熊野那智大社と、熊野速玉大社を、大晦日と元旦で参拝してきました。
京都駅より特急オーシャンアロー号で4時間30分。


熊野那智大社
鳥居をくぐって振り返ると熊野の山々・・


大晦日の朝だけあって、参拝客はほとんどいません。
お隣には、西国三十三所第1番札所の青岸渡寺があります。


三重塔と那智大滝


高さ133メートルの大迫力!(三重塔の3階から撮影)


御神体が滝そのものです。(余計なものまで写ってスミマセン。)


熊野参詣道(熊野古道)


こんな野原もあります。


テクテク テクテク 熊野参詣道(高野坂)


王子ヶ浜が垣間見えました。太平洋だ~!


新宮(しんぐう)の熊野速玉大社
元旦の朝なのに混んでいません。


神倉神社の入り口。この神倉山は神が降臨する神体山として崇められてきました。
2月にすごい行事
があるようです。

熊野は、山々に阻まれ、そのアクセスの不便さから、まだ世界遺産特有の「観光地化」されていません。厳しい自然そのものが信仰の対象であり修験道ですから、お年寄りや子供の参拝にはなかなか難しい環境ですが、険しい山だからこそ開拓されずに偶然残った多岐に渡るこの参詣道は、掛け替えのない日本人の宝物だと思いました。

私らは高野山も熊野三山も無事にお参りできましたが、参詣道は広すぎて全然歩けていません。
熊野もうでは、この参詣道を歩いてこそ、その素晴らしさを体感できます。自然を敬う思想は日本人の原点であったと改めて確信できます。
熊野は遥か昔から、常世(とこよ;神々の住む永遠の世界)との接点とされてきました。再生の地、紀伊の国は訪れる人に不思議な活力を与えてくれます。
和歌山県やっぱり大好きです。
【2010/01/07 00:00】 | 関西 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
紀伊山地2 熊野古道を歩いて
和歌山県、紀伊山地の「熊野古道」を歩きました。
熊野古道は、熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)に詣でるための道で、実に今の和歌山、奈良、三重、(大阪)をまたがっている大規模なものです。参詣道は最終的に、熊野大宮大社に集結しています。
熊野は、古くから神々の住む聖地、死霊の集まる再生の地として崇められてきました。厳しい道を乗り越えて(山岳修行)、大自然の中にある再生の地・熊野へ詣でることで、来世の幸せを神々に託すという信仰が生まれました。これが「熊野詣(もうで)」です。

大きく分けると6つのルートがあります。
・紀伊路(渡辺津-田辺) (この道だけ世界遺産に登録されていない。)
・小辺路(高野山-熊野三山、約70km) (3つの1000m級の山超えのコース!)
中辺路(田辺-熊野三山) (今回途中まで歩いたコース)
・大辺路(田辺-串本-熊野三山、約120km)
・伊勢路(伊勢神宮-熊野三山、約160km)
・大峯奥駈道(吉野-前鬼-熊野三山、約140km)


今回は、中辺路(なかへじ)ルートで本宮大社方面へアプローチを試みました。
紀伊田辺駅から、バスで50分の滝尻王子から出発です。

紀伊田辺駅にて


いざ中辺路(なかへじ)へ


むむ、いきなり想像以上の急勾配


根っこの階段。これが道なのか・・ゼイゼイ・・


山の神様仏様!なんて美しい所なんだろう

途中で小枝を拾って、杖にして、結局7時間(!)ほど歩きました。
バス通りに出るまで歩かざるを得ないわけです。

最初の2時間、日頃の運動不足もあって かなりキツかった。後で知ったのだけど、中辺路の滝尻王子からのコースは最初が一番難所と言われているらしい。確かによく写真で紹介されてる石畳のなだらかな山道とかけ離れてました。
足の裏が痛くなりました。杖のおかげで 足が3本になり楽になりましたが、後半は大雨が降ってきました。(写真撮ってる余裕なし・・)

牛馬童子像の手前の「牛馬童子 道の駅」で最終バスに乗り、宿へ。

宿を取った「湯の峰温泉」
源泉が流れる川では温泉卵が作れます!お風呂も90℃の源泉湯がそのまんま出ます。

そして翌朝はバスに乗って・・いよいよ再生の神様の所へ!



なんだか御光が射しているように見えます。


どど~ん!熊野総本山!

もちろん熊野古道を歩かず、熊野大社へ直接行くことも可能ですが、やっぱり歩けるのなら歩いた方がいいと思いました。世界的にも非常に珍しい「紀伊山地の霊場と参詣道」という形で世界文化遺産として2004年に登録されたこの一体は、すべてが一緒でかけがえないのないものを形成しています。

京都では17箇所の神社仏閣が世界遺産として登録されていますが、みな個々に独立していて、このような一体としての文化形成は為されていないし、なにより京都のように通俗化してないところ、商業主義に走っていないところ、そのまま本質が維持されているところが魅力だと思いました。(個人的な感想です。京都には京都の事情があるので仕方ないのですが。)

紀伊山地の霊場と参詣道 を取り巻く山、川、海&そして素朴な温泉。
2泊の旅ではこれが限界でしたが、この地を訪れるのにふさわしいお年頃になったと悟ったので、また次回、違うルートの熊野詣を歩きたいと願っています。
初めての和歌山県、好きになりました。 関西は各県強烈な個性がありますね。

そして余談なのですが、私らが7時間歩いた汗と雨まみれの山道は、バスではたった12分の道のりでした。なが~いトンネルでほぼ一直線なわけです。
それでも、私の好きな「道の思想」と合い重なってスイッチが入ったようで、熊野詣でには また行きたくなってます。四国お遍路さんも歩きたい・・。


熊野神社の全国分布図
熊野神社の全国分布図
千葉と福島、ダントツに多いです。まか不思議。
【2009/09/30 16:00】 | 関西 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑
紀伊山地を訪ねて1 高野山
和歌山県、神々が鎮まる紀伊山地の霊場と参詣道(熊野古道)を訪ねました。
高野山マップ
高野山は京都比叡山と同じだろう、くらいにしか思っていなかったのですが大間違い。言っちゃ悪いけど比叡山延暦寺の比ではありません。そもそも比べること自体意味がないことでした。
私は真言宗のことは何も知りませんが、高野山は日本人として生まれたら一度は訪れたい場所なのかな、とまで思いました。

弘法大師は62歳(西暦835年)の3月21日に入定し即身仏となり、今も奥の院、御廟(ごびょう)に座禅を組み座っておられるといいます。言わば生きながらミイラになられた訳ですが、仏と人はもともと一体との信念に立ち、人間再生への希望を決して失わない真言密教の「即身成仏」の神髄を身をもって示されました。(真実は不明。)
大師の御廟には、灯明、お香、読経が絶えることがありません。全世界1000万の真言宗の信者達は、ここを聖壇としてあがめ、観光客も含め、毎年多くの人が訪れています。

もちろん大師のお姿を直接拝見できるはずがないので、実際のお姿はわからないのですが、真っ白なカーテンのような厚い布越しに その気配はうっすらと感じることができます。
私は、目の前に弘法大師様が1000年もの歳月を超え座っておられると思うだけで、一瞬、心は無の状態、頭の中が真っ白になりました。なぜだか涙が出そうになりました。
本当に本物なのか、どんな姿になっているのか、そんなことはその場に行けばどうでもいいこと、何か目に見えないパワーに身の毛がよだつ思いでした。ここは霊感を持った人が行くと気絶するかもしれないと思いました。(ウソのような真面目な話です。)

奥の院 参道マップ
奥の院御廟への約2キロにわたる参道沿いには、日本史上著名な大名や、企業家、富豪、その他諸々の人の墓標やお墓が無数に結集していて、これも圧巻。
高野山周辺には、人が亡くなると、その髪を奥の院に納める「骨上せ」(こつのぼせ)という風習があるそうです。みな大師のそばで眠りたいんですね・・

~高野山は816年の開創以来、1190年にわたり、一般庶民の強い信仰と支持を集め、宗派にとらわれず、あらゆる階層の人々の心の憩いの場として、或いは魂の安息所として発展し、今日の如き一大仏都をなすに至ったのである。年々歳々この聖地に杖をひく人々は100万を超える。各宗派の祖師のなかでもただお一人 入定信仰を持つ大師は、今でもここに参るあらゆる人を救い続けていると信じられている。~金剛峰寺(こんごうぶじ)のパンフより。


金剛峰寺の蟠龍庭。石庭としては日本一の大きさ。
雲海の中で、雌雄一対の龍が、奥殿を守っているように表現されています。
早くも少し紅葉が始まっていました。これから2ヶ月かけて赤く染まるんですね・・。

奥の院、写真ではあの厳粛な雰囲気が伝わらないので、載せないことにしました。
次回は熊野古道、時間をみてそのうちアップしま~す。
【2009/09/25 16:53】 | 関西 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
関西で年越し
2009謹賀新年。私は初めて関西地区で年を越しました。


大晦日は天の橋立で股のぞきしてきました。雪でな~んにも見えんがな・・。


↑本当はこう見えるはずだったのだけど・・。(ガイドブックより)


元旦は城崎(きのさき)温泉にて外湯巡りをしました。
この冬初めての大雪で歩けんがな・・。

立ち寄った温泉は、里の湯、御所の湯、鴻の湯、一の湯。7ヶ所のうち、4ヶ所制覇。
「城の崎にて」という志賀直哉の小説はここが舞台だそうです。
カニ料理と但馬(たじま)牛が名物の、情緒のある素敵な温泉町でした。旅館のカニ三昧の夕食は、私には量が多すぎて完食できなくて残念だったけど、とっても美味しかった。
お正月は人の押し寄せない場所に行くのがいいですね。日本海側のなんだか寂しい雰囲気 気に入りました。

めでたさも中くらいなりおらが春(一茶)
久しぶりのの~んびり旅行、やっぱりいいものです。
関西、まだまだ知らない町がたくさんあります。

【2009/01/04 03:07】 | 関西 | トラックバック(0) | コメント(5) | page top↑
心に残る仏像ーかるら

近鉄電車に乗って1時間ちょっと、奈良の東大寺と興福寺に行ってきた。この2つのお寺は奈良駅から徒歩で行けるのだ。

奈良の大仏さん、小学校の修学旅行以来30年ぶり!
お久しぶりでございます。
人間はこんなに変わっても大仏さんはいつまでもご立派で・・。
これからもずっとお変わりなく・・。





←鹿と仲良しの鹿せんべいやさん


興福寺は2010年が平城京以来1300年という節目もあって、大掛かりな再建工事が執り行われていた。




←阿修羅像(本の写真から撮影)

興福寺の国宝館は、その名の通り国宝だらけの展示で素晴らしかった。
ここで超有名なのは、奈良時代(734年)に作られたという八部衆立像のひとつ、阿修羅像だ。
顔は3つ、手は6本、もともとは仏教ではなくインドの太陽神であり、戦闘神だったが、釈迦の教えに触れ仏教の守護神になったという。



←迦楼羅像(本の写真から撮影)

もちろん阿修羅像も感動したが、個人的に印象深かったのは やはり八部衆のひとつ迦楼羅像(かるら像)だ。インドの神話上の空想の巨大な鳥で、龍を常食する。仏教の守護神としては、毒や煩悩、また害を与える一切の悪を食い尽くし、人々に利益をもたらすという。

インドネシアの「ガルーダ航空」はヒンドゥー教で、空を支配する鳥の神様からの由来だそうな。
日本ではこの神様が、「天狗鳥」になった。
そういえば、アニメの鬼太郎にも寺の守護神として「カルラ様」が登場したことがあったような気がする。
ちなみに、京都三十三間堂のかるら像は背に翼があり、手には笛を持っている。


この八部衆、8体並んで展示されているのだが、元は異教の神だけあって、姿かたちがバラバラ。仏教に取り入れられた後でも異教の神の姿のまま表現される。守護神という性格上、阿修羅以外は7体とも武装していた。

日本仕様に発展した仏教だけど、この時代はまだまだ異国の特徴がでていて興味深かった!京都とは一味違う個性的な仏像が多くあるんだなぁ。まだ仏教が日本で確立されていない頃の仏像だからなのか。
奈良は期待以上に面白かった。
次回は法隆寺と古墳巡りをしたいと思った。(涼しくなったら・・)

【2007/07/24 15:54】 | 関西 | page top↑
なんばグランド花月(N.G.K)

「N.G.K」に行ってきた。
さすが大阪が誇る吉本興業、大阪の一等地(?)にでんと構えた笑いの殿堂 「なんばグランド花月劇場」は、週末ということもあって満席、大盛況だった。
「吉本新喜劇」のボケとツッコミは素晴らしい!この種の笑いは、後に何も残さないのか、あれだけ笑ったのに、後でストーリーを思い出せなかった。

笑い疲れた上に、大阪の繁華街は、お好み焼き、たこ焼き、パチンコ、パチスロ、その他、とにかくすべて大阪らしくて楽しめた。京都とは別の濃い世界、1時間の距離とは信じがたい。
ただひとつ、道頓堀川の有名な橋の欄干が2mのガラス張りになっていたのが残念。ここから川に飛びこむ阪神タイガースファンを阻止する苦肉の策らしいが、外観が台無しになっていた。今も川を覆ってなにやら大工事をしていた。

京都では週末の土日に「吉本新喜劇」をテレビ放映している。これは関西圏だけなのか。私は漫才派ではないけど、ワンパターンの人情味あふれる吉本の喜劇は大好き。大阪発お笑い芸人がモテるのが納得なのだ~。
【2007/07/03 01:01】 | 関西 | page top↑
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