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祇園さん 行かはりますやろ?
まだまだ観光気分の私なので7月に入ってから どこのスーパーに出掛けても、「コンチキチン」のメロディ奏でるお囃子の音が流されるのを聞いてびっくり!「団結した街なんだなぁ」と感心せずにいられない。
そういえば、7月は京都では日本三大祭りのひとつ、祇園祭がある。
1日に、祇園の出発点である八坂神社を通った時、厄払いの儀式が執り行われていたのは、祇園祭の一貫行事だったのか、と今更気づいた。
今年は16日(月)の宵山が海の日で祭日なので、宵々々山の14日から3連休とあって、気合が入っている様子だ。
相方の会社なんぞは、17日(火)は祭りのクライマックス 山鉾巡礼のために会社がお休みなんだそうだ。(ひえ~!祭りのために会社が休みとは!)
今年は大型台風接近でどうなることだろう。17日は雨が降ろうと風が吹こうと中京の街の中心地を山鉾巡礼は練り歩くそうだ。今年はぎりぎり免れそうだけど、台風直撃でも決行されるのかしら。
残念ながら私は祇園さんには行かへんが・・。

↓(■参考までに祇園祭について■
■参考までに祇園祭について■
平安時代、都であった京都の町に疫病が流行し、その原因は非業の死を遂げた者たちの怨霊の祟りと考えられていた。
それを鎮めるために行われたのが御霊会であり、そのなかで、貞観11年(869年)に行われた牛頭天皇を祀り66本の鉾を作って祇園社から神泉苑に送ったという「祇園御霊会」が祇園祭の起源とされている。
その後、応仁の乱(1467年)まで山鉾はいろいろな改良や工夫が凝らされ、高大で華麗なものとなった。
応仁の乱の後一時中断されていたが、それを再興したのが京都の町衆たちである。
以後、祇園祭は京都の町衆たちが支える祭りとして発展し、海外との貿易や文化交流が盛んになった安土桃山時代から後は、世界各地の工芸品や装飾品によって山鉾が飾られていった。
現在、「動く博物館」といわれるのは、この頃日本に輸入された海外の織物や工芸品によって飾られているからである。
江戸時代以降、大火や鎖国、明治維新、戦後など数々の経緯があったにもかかわらず今日に至っているのは、その都度町衆が中心となって祇園祭存続のため大いなる力を発揮した事と、祭りに対する熱意によるところが大きい。
【2007/07/13 17:01】 | 京都 | page top↑
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